| 日本大判寫眞家協会は、1991年、熱心な大判カメラ愛好者の要望に応え、東京と大阪で開講した日本大判写真塾(塾長・玉田勇)のOBで組織しスタートさせた写真家の集団です。月例会、撮影会、ワークショップ、各種の研究会等々を開いて技術の研鑽に励み、創作活動を続けております。会員数276名。事務局は東京と京都にあって、それぞれが機関紙「イメージ・サークル[Image
circle] 」を発行して会員のコミユニケーションと技術の向上に役立たせております。 『彩光写』展 写真を撮ったら1人でも多くの人々に是非見てもらいたい。見てもらえるような作品を撮りたい。と言う願いで始めたのが会員作品を選抜した写真展です。作品展の名称は、『彩光写』展です。 当時は全く無名だった「伊藤園」を年商3千数百億円(2008 年度)。文字通り世界一のお茶屋に押し上げた名コピー、日本人なら誰でも知っている「お〜い、お茶!お茶と言ったら伊藤園」の作者・島崎保彦さんにお願いして作品展の名称『彩光写』展を作って頂きました。「山が動く川が眠る」のヘッド・コピーも同様です。 なお、世界最初の市販カメラ。ジルー・ダゲレオタイプ・カメラ(1833年/天保10年)をモチーフにした協会のマークはグラフィックデザイナーの小柳誠一さんに。どちらも会長の仕事仲間として友情で制作・プレゼントして頂きました。 作品展の歩み 会員作品の選抜展は『彩光写』展として1994年12月29日〜1995年1月13日までコニカ・フォトプラザで東京展を開催。同年2月2日〜同8日まで大阪展、札幌展をそれぞれのコニカプラザで開催後、ほか各地で巡回展を開催してまいりましたが、我が国唯一の4x5in判以上のフィルムで撮ったシャープな写真の展覧会。美しい自然光景を全倍サイズに引き伸して額装した大判写真展としても高い評価を得ることができました。 また、私達は撮影のため自然を見つめる機会が多くなり、自然が病んでいる姿を見る機会が多くなりました。自分たちの作品で作った「絵はがき写真集」を会場で買って頂き、その売上金を自然保護に役立ててもらおうと世界自然保護基金日本委員会(WWF)、森林文化協会、緑のサヘル、100年前の白川郷を目指す会、富士山クラブ等に寄付を行ってきました。 さらに、2003年3月、大阪府、京都府、滋賀県で第3回「世界水ホーラム」が開催されたときは第9回『彩光写』展そのものを「世界水ホーラム」に協賛として展示作品のテーマを「水」に限定して構築。例年通りに東京展、大阪展を実施したが、「世界水ホーラム」の大阪会場となった大阪国際会議場(グランキューブ)内の特設会場でも会期期間中展示会を行いました。 2004年3月、京都市美術館・本館2階の半分(6室1,100平米、総壁面長330米)が借りられることになったのを機に大中判カメラによる作品を公募して構築した『中大判公募展』と『彩光写』展とのコラボ展として『日本大判写真展』を毎年開催することになりました。 『日本大判写真展』を本展として東京で開催し、その後各地での巡回展を...という希望や要望は会の内側からは勿論、外部からも非常に多く寄せられました。しかし、12年間お世話になったコニカミノルタ・フォトプラザに対しての恩義もあり、簡単には踏み切れないと思慮しておりました。ところが、2006年5月、初めてお目にかかったコニカミノルタ・フォトプラザの新任館長から「来春の『彩光写』展は開催させない」との通告を受け驚愕。担当役員が手分けして必死で駆け回り、何とか都内で2会場を確保して京都展の前に第13回『彩光写』展と第4回『中大判公募展』の東京展を開催しました。 『日本大判写真展』2010東京展は、東京都美術館で本展を開催し他会場の巡回展共々年々増加一途、更に多くの観覧者をお迎えすることが出来ました。本展の後は京都市美術館/本館、広島県立美術館、兵庫県立美術館などで巡回展を開催しました。 『日本大判写真展』2011は埼玉展を2011年2月1日〜6日に、その後、名古屋市博物館、京都市美術館、兵庫県立美術館で巡回展を開催します。
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